第50回 食遊び 味彩
「食遊び」、肩につけられたひと言が気になった。
この店を紹介してくれたのは、いつものバー、ブルージー・タヴァーンのマスターだ。だから味に間違いはあるまいと思って、家人と2人で出かけた。思っていた通り、電飾の看板も自らの存在をことさら強調せず、控えめに灯っていた。山之口本通に面したビルの1階だ。
が、その「食遊び」というひと言にひっかかったのだ。マスターの話では「ちゃんとした和食の店ですよ」ということだったので、私はふつうの割烹を思い描いて店の前に立ったのだ。が、「食遊び」は、いま流行の「創作料理」の店を思い描かせた。
一瞬ためらったが、ここまで来たんだもういいやと、思い切って暖簾を割った。土曜日の午後8時前。食事の時間には少々遅いから、きっと空いているだろうと……。が、カウンターはほぼ満席。小座敷も満席だった。客層はなかなかいい。ただ、同伴出勤前の食事という感じの何組かが気になる程度だった。
しかも、満席に近く、忙しいにも関わらず、ホールの係りの女性がこちらを認めるや、すぐに「いらっしゃいませ! 何名様ですか」と駆け寄るようにして来てくれたことが、私を安心させた。往々にしてこんなとき新規の客、しかも初めての客など無視されがちなのだが……。それだけでも、この店がきちんとした店であることを物語っているなと思わせる。
「2人ですが」というと、「はい、お部屋がご用意できます」と。
通されたのは、いちばん奥の、小座敷よりも一段高くなった2畳ほどの方丈の間だった。床もあり、ちょっとした茶室という感じだ。家人を上手に座らせ、私は入り口に近いところに。先ほどの女性がすぐにおしぼりを持ってもどってきた。飲み物はとたずねるので、生ビールの小を2杯と、品書きにあった「八海山」の純米大吟醸を2合、それに刺身の盛り合わせを頼んだ。ビールは瞬時に出てきた。
品書きを見ていると焼酎はもちろん、清酒も幾種類かあり、さらにワインも用意されていた。2人でぶつぶつ言いながら品書きを見ていたら、女将さんらしき和服姿の女性が「八海山」を運び、上がり口で「本日はようこそお越しいただきました」と丁寧に挨拶を。よく見るとその女将、私がいつものバーで外が明るいうちから飲んでいるときに、いそいそと出勤するのを何度も見かけたことがあった人だった。向こうはそんなこと知る由もないだろうが。
ビールといっしょに出てきたお通しは、ふぐの皮の煮凝りと、もやしと付け揚げをピリッと炒めたもの、さらにひじきを煮たもの。追いかけるように刺身が出てきた。サバ、サーモン、カンパチ、ミズイカ、マグロ、カイバシラ、シタガイ、それにボタンエビ、シマアジの薄造りと9点盛りだ。豪勢だな。しかし、下手な寿司屋で食べるよりもうまかった。どれも下ろしたてというより、しっかり時間をおいて、まさに造ってある。さばいて、切って、盛ってだけでなく、ちゃんと仕事がしてあるということだ。
魚のうまさも手伝って酒2合などあっというまだった。同じ「八海山」をもう1合頼むついでに、家人が春野菜のかき揚げを注文する。これまたすぐに揚がって出てくる。つけ出汁もよい加減に温めてある。が、なんといっても塩だ。春野菜は苦味がいい。油もしっかり切れている。当たり前のことが、当たり前にきちんとされている。マスターが紹介してくれたことにもうなずけた。
さて、ずっと気になっていたことがあった。清酒の品書きに「嘉泉 極めつけ辛口」というのがあった。しかも東京の醸造酒だ。純米酒や吟醸酒が並ぶ中、しかも有名な銘柄が並ぶ中、なんだか「これ、飲んでみろ」と挑発されているようで、じゃあということで、それを1合とソラマメの塩焼きを。
この酒、正直にいって驚いた。口に含むときに空気といっしょにずずっとすすっる。さらに空気を入れるようにして口の中で転がす。実に辛い。そしてうまい。これほど辛い酒は、能登半島は門前の「亀泉」以来だ。この酒を飲みに来るだけでも価値のある店だ。
聞けば大将五反田実さんは、現在50歳ちょっと手前。料理人としても脂ののりきったキャリアだ。この店を開いて15年くらいになるという。この競争の激しい天文館で15年。なるほどとうなずくしかないなと思った。
ところで「食遊び」だが、品書きには実にいろんな料理が書き込まれていた。ビーフシチューや豚足まで……。余裕だな、と思った。ちゃんと仕事ができるからこそ、「食遊び」などという余裕が語れるようになるんだ、きっと。
また、通いたくなる店が1軒増えた。
食遊び 味彩
住所 鹿児島市千日町9-3 天文館K・BLD1階
電話 099-226-7560
営業時間 午後5時〜午前0時
定休日 月曜日