第46回 ラーメン呑竜

5年ほど前のことだ。私は、この店の「呑竜」という看板を見て、咄嗟に暖簾を割って飛び込んだ。店内には客はいなかったが、あまりの私の勢いに亭主、丸田常道さんは声もなくただ立ちつくしていた。「いらっしゃい」という声が出るまで、10秒ほどかかったかもしれない。私は私で、飛び込んでからそこがラーメン屋だと知った。
長いカウンターが1本だけ。10人以上は座れるだろう。私は亭主が作業をする寸胴の前に陣取った。なぜ私が「呑竜」という名前だけを見て飛び込んだのか、それには理由があった。今をさかのぼること60年以上前の話だ。当然私の話ではなく、私の父親の、だ。

父親は今年81歳になる。が、戦争には行っていない。技術者として旧中島飛行機系列の工場で飛行機をつくっていたのだ。最初は通称「赤とんぼ」という練習用複葉機をつくっていたそうだ。だが、昭和17、8年頃から爆撃機をつくりはじめたという。
「練習機なら人を殺すことはないが、爆撃機はいやだった。人殺しの道具だからな」が父の口癖だった。父によく聞かされた「呑竜」という名前を見た瞬間、私はその店の誰かがその爆撃機に関わった人なのだと思った。そして、話を聞いてみたいと。ひょっとすると、父の同僚かもしれない、と。
そんなことを勢いよく話すと、亭主は声を上げて笑った。
「時々そういう方が入ってこられますけど、残念ながら、違うんです」
じゃあ、「呑竜」という店名の由来はと聞くと、またまた笑いながら答えてくれた。
「私がとんでもない呑兵衛、女房が龍年生まれ。2人あわせて呑竜。ね」と。

なんだ、そういうことか…。私はずいぶん気落ちしたことをおぼえている。
では仕方がないということで、ギョーザと焼酎を頼んだ。ギョーザは480円。焼酎は250円だ。しかも皿に受けてこぼしてくれる。焼酎は4杯くらい飲んだだろうか。けっこう酔えた。では最後に、せっかくだからラーメン(580円)を、と。
鹿児島特有のとんこつスープを想像していたのだが、まったくちがった。醤油ベースのあっさりしたスープだった。麺は細麺を少々硬めにゆでる。もやしも注文を受けてから湯通しする。しゃきしゃきだ。チャーシューは、腿肉だろうか、脂は少ない。生姜と醤油の味がしっかりついている。それに、椎茸、シナチク…。あれっ、と思った。
たいがいラーメンを食べた後、ぐっと1杯水を飲みたくなるんだけど、ここのラーメンはそうはならない。つまり、塩辛くないのだ。
「どう、あっさりしたスープでしょ。辛くもないし、のども渇かないよ」
亭主はわらった。聞けば化学調味料を一切使っていないという。だから優しい味だったんだ。亭主の話をかいつまんで書く。

結婚して初めて店を開けたのは1975年6月。鴨池だったそうだ。結婚前、奥さんは栄養士として、県の栄養指導車に乗って県下一円を栄養指導してまわっていたそうだ。で、2人は化学調味料を使わずに鰹、昆布、椎茸など自然の素材だけでスープができないかと、ずいぶん工夫と苦労を重ねたそうだ。それで出来上がったのがいまのスープだ。店はその後1980年に現在の場所に。しかし、奥さんは7年前、2001年に亡くなってしまった。
「このスープがね女房の形見なの。だから、私ゃあ、毎日女房に会ってるんですよ」
そういって笑う亭主の顔は、スープの味そのもの、優しかった。ラーメン屋で人生の話を聞きながら飲む焼酎。けっこういける。
ところで、開店当時の暖簾、寸胴など調理器具の一部は、横浜のラーメン博物館に陳列されているそうだ。(本文/天文館の犬)


ラーメン呑竜
住所 鹿児島市東千石町7-1
電話 099-224-1590
営業時間 11:00〜15:00/18:00〜22:00
定休日 日曜日、毎月15、23,29日