第43回 菜菜かまど
京都などと比べると天文館に路地は少ない。通りが通り、すべて目抜き通りのようなのだ。だが、その天文館に、隙間ほどの路地があり、そこにとびきりの料理店がある。
ある夜のことだ、その路地をのぞき込んでみた。小さな民家があるだけで、まさか店などあるわけが…、と思っていたのだ。が、小さな行燈に「菜々かまど」というという文字が浮かび、人目をはばかるような小さな暖簾がかかっていた。玄関入り口の大きさは3尺6尺ほど。5、6人も入れば満席になる、カウンターだけの小さな店かも知れない。そう思いながら戸を引いた。
予想に反して店内は広かった。たしかにカウンター席だけだが、奥行きが60センチはあろうかというゆったりした、しかも分厚いカウンターだった。1人客向きだ。それだけでうれしくなる。
一見だがいいかとたずねると、どうぞとうぞと席に通してくれた。小料理屋というより、割烹といったほうがいいかもしれない。しかし、こんな路地の奥に、と不思議さも手伝って店内をきょろきょろしていた。ネタケースには鯖、鯛、間八、蛸、水烏賊が下ごしらえされて並んでいる。キビナゴは丸のまま光っている。新鮮だな。一目見てわかった。
壁にはその日のおすすめを書き込んだ黒板が。それ以外に品書きはない。私は鯖を注文した。
「首折れですよ。うまいっすよ」
大将は笑いながらネタケースから鯖を取り出し、手際よく切る。女将さんだろうか、お通しを出しながら「お飲み物は?」と聞く。焼酎は何があるかたずねると、「三岳」と「八幡」だけだという。私は迷わず「八幡」をお願いした。
「八幡」は薫り高い焼酎だ。いや、臭いといってもいい。だが、焼酎はこれくらいの薫りがないと飲む意味がない。最近そう思うようになった。私の最近の飲み方だが、氷を1個だけいれたグラスに注ぐ。そして水を少々。それを混ぜずにゆっくり飲む。お湯割りだと薫りが立ちすぎる、水割りだと薫りが死ぬ。ロックだと少々きつい。この方法なら、薫りも十分楽しめるし、たかが1パイの酒だが、飲み進むとグラスの中で味が微妙に変化しておもしろい。
出てきた首折れ鯖はさばいてから少々時間をおき、ちょうどいい塩梅に旨味が出ている。鯖はとくにその加減が難しい。ちゃんと仕事がしてあるということだ。わさびを少々乗せ、醤油は使わずに。これがうまい。
観光客と勘違いしたのか、大将は目の前でさばいたキビナゴをごちそうしてくれた。刃物は使わず指でさばいてゆく。鮮やかな手仕事だ。
「新鮮だから、丸のママでもたべられますよ」と頭と腸を取っただけの、骨付きも出してくれた。これを生姜醤油で。骨がこりこりしてとてもうまい。
聞けば2回は座敷になっていて、その夜は宴会が入っていた。しかし、大人数の料理もすべて大将が1人でこなす。黙々と仕事をする姿に、ある種男らしさを感じた。
おすすめは、とたずねると、「トビウオのつけ揚げがうまいっすよ」と。もちろん自家製だ。しかも、あちこちで見かけるつけ揚げは小判形、棒形が多いが、ここのそれはまん丸だった。中まで火を通すのに、中火にかけた油でじっくり15分上げる。外はカリカリ、中はしっとりして、しかも甘くなく、魚本来の味が生きているように感じた。
焼酎を2合、首折れ鯖の刺身、飛び魚のつけ揚げ、それで3000円ほどだ。同席したお客さんたちも愛想のいい人たちばかりだった。
隠れ家のような店に足繁く通う人たちだ。料理がうまいのはもちろんのこと、酒と雰囲気が好きなのだろう。2度、3度と足を運びたくなる店だ。(本文/天文館の犬)
●菜菜かまど
住所 鹿児島市山之口町10-18
電話 099(225)7588
営業時間 18時〜24時
定休日 日曜日・祝日