第51回 居酒屋めぐちゃん
よくもまあ、こんな狭い敷地に店を並べたものだ。はじめてその風景に出くわしたとき、正直そう感じた。市電に乗って市内の方々をうろうろしていたんだ。降りたのは南鹿児島駅前。地名でいうと南郡元ということになるのだろう。
南鹿児島駅前電停から二軒茶屋に向かって、旧谷山街道を歩いた。ものの3分も歩かないうちに、その長屋が姿を現した。市電の軌道敷と旧谷山街道の隙間、そう隙間だ、の狭い敷地に7軒もの居酒屋が並んでいた。どの店もおそらく10坪はあるまい。南鹿児島駅から二軒茶屋に向かって、「もぐら屋」「秀ちゃん」「しず」「とまり木」「めぐちゃん」「京子」「ふくちゃん」そんな小さな店が肩を寄せ合うように並んでいるのだ。経営者や店の名前は変わっても7軒の店が並ぶのは、昔からの風景だそうだ。だからこの酒場長屋を土地の人は「七軒長屋」と呼ぶそうだ。
時計を見ると、午後7時前だった。が、店を開けていたのは「めぐちゃん」と「とまり木」の2軒だけだった。飛び込んだのは「めぐちゃん」。なんとなく名前にひかれたのだ。歴史の古い「七軒長屋」で開店して6日目という新しい店だった。東京新宿で酒場をやっていたママが、故郷に帰ってはじめた酒場だ。もとは脇田電停の近くでやっていたらしい。
「でも、店が広すぎてね。人を雇うほどもうからないし…」ということで、「七軒長屋」に越してきたのだと。
たしかに、ここならママ1人でやるには手ごろな広さだ。7人も入れば満席になるカウンターだけの小さな店。奥行きは3メートルほどか。壁の向こうは市電の軌道敷だ。時々市電が通ると、ゴォーと腹の底から響くような音がする。それもまた郷愁そそられるBGMになる。背中は壁1枚隔てて旧谷山街道だ。こちらはひっきりなしに車が通る。いかにも、という感じの酒場らしい酒場だ。
「小さな酒場だからね、たいしたものはないよ」と、手料理を何やかやと出してくれた。品書きを見ると、どれもママの手料理だった。懐かしいクジラのベーコンがあったのでそれをもらう。飲むのはもっぱら焼酎お湯割り。むつかしいことは何もない。ただ、カウンターに向かって座り、小鉢をつつきながらお湯割を飲む。それだけでいいのだ。
「めぐちゃん」はママの名前ではなく、飼い猫の名前だという。名前など聞かなくても酒は飲める。それ以上は聞かなかった。カウンターの端に若い先客がいたが、お茶ばかりを飲んでいる。開店して間もないので、どんな客が来るか不安だからと息子さんが「用心棒」役を買って出ていたのだ。さしづめ私は合格といったところだろうか、にこやかに会話をしてくれた。
開いていたのは2軒だけだったというと、「七軒長屋」の開店は7時過ぎだという。居酒屋なのに遅いじゃないかというと、「だって朝4時までやってるもん」って。7軒とも開店、閉店は同じ時間だそうだ。
昔の話を聞くと、ママは「私も受け売りだけど」と前置きしながら、三和町や真砂で紬の機織をしている職人さんたちが、仕事明けに自転車で飲みにやってくる酒場街だったそうだ。「いまはだいぶ様子もかわったようだけどね」と。
時計を見た。10時をまわっている。3時間も腰をすえたようだ。その間に焼酎の5合瓶を1本と、会話をたっぷり。7軒とも入って見るつもりだったが、またにしよう。今夜はこれくらいで……。
居酒屋めぐちゃん
住所 鹿児島市南郡元27-31
電話 099-286-4539
営業時間 午後7時~午前4時
定休日 日曜日