第31回 BAR宮元
古いものを壊したがる鹿児島市では珍しく戦後の面影を残す「名山堀」。昨年7月にオープンしたばかりというのに、その古さになじんでいる。焼酎が似合う庶民的な飲み屋が軒を連ねる中にあって、違和感はない。新築ではなく、3階建ての長屋風の建物をそのまま生かしているからだろう。
最初この店に入ったとき、夜汽車を連想した。天井が低い。奥行きが浅い。カウンターだけ7席しかない。路地側にあるトイレの天井にはRが付いていて、なおさらその感を強くする。小便をしていると、ゴトン、ゴトンと鉄路の音が聞こえてきそう
「初めてここのトイレに入った人はなかなか出てこない」と店主の宮之元一彰さんは笑う。中にいろんな小物が飾ってあるのも、その理由のようだ。
1人でやってくる客が多い。近くの電車通りに看板を出しているが、探しきれない人もいる。探し当てても、すぐ入ってこない。 「何回か様子をうかがった後、やっと入ってくる。ここに来るまで時間がかかるんですよ」と宮之元さん。
入りにくい店を演出しているわけではない。逆にめざすのは、老若男女がリラックスして飲んでもらえる店。
「女性ならノーメークで、風呂あがりにビール1杯の感覚で来てもらいたい」と店主は考えている。
壁の色をワインレッドにしたのも「この方があったかいかなあ、と」。扉の縦長のガラスを、すりガラスから透明のガラスに替えたのも「入りやすいように」。壁に張った1枚1枚手書きのカクテルメニューが好評。カクテルの名前に、ちょっとした説明書きを添えている。たとえば「Shouko Milkのカクテル。キャラメル、マリブ、パッション、プラス牛乳」というふうに。客は、カウンターに置いてあるメニューは見ずに、壁の張り紙を見てしまう。
小さな店が肩を寄せ合う名山堀ならでは、隣近所からいろんな音が聞こえてくる。笑い声、カラオケの歌声、階段を上る足音、一升瓶を倒した音。
「初めはうるさいと思ったけど、これがまたいいんですよ。この辺の経営者はあったかい人が多い。天文館に今ないものがここにはある。若い人には新鮮に感じられるのでは」。
宮之元さんは、もともとケーキ職人になりたかった32歳、独身。「しっかりしているように見られるけど、かなり大ざっぱでいい加減」というから、客はまた安心して飲めるのである。(本文/天文館放浪ネコ)
●BAR宮元
住所:鹿児島市名山町4の27
【地図】
電話:090(5746)5629
定休日:水曜休み
営業時間:午後7時から午前3時まで営業