●第16回 甚八(じんぱち)寿司
その昔、天文館文化通りに、その寿司屋、甚八はあった。ちょっとは名の知れた店で、知人などは「ボーナスが出た後にしか、行けんがよ」と言うほど、高級な店だった。
入口を入ると、ざっと20人は楽に座れるカウンターがのび、その向こうには大きな生簀もあった。2階には座敷きもあり、大きな店なのにいつもにぎわっていた。亡くなったご主人の奥さんが女将として客の接待にあたり、忙しく動き回る4、5人の板前さんの中に息子さんもいた。
客といえば、どこかの社長か、飲み屋のママ。一般ピープルにはとても入りにくい店だった。かく言うぼくも、自分の財布では入ったことはなかった。なんとなく、酒や味を楽しむ店ではなく、見栄や勢いで入る店。そんなイメージを抱いていた。
ところがある日突然、何の前触れも無しに店を閉めてしまい、店のあったビルは売りに出された。そんなに経営も苦しそうには見えなかったのに…、などと思っていると、しばらくして少し離れた場所に真新しい「甚八」の看板がかかった。
「私、もっと小ぢんまりした店がやりたかったのよ」
久しぶりに訪ねると、女将東チエ子さんはそう言って笑った。間口2軒ほどの店内は6、7人のカウンターと、小上がりが3席。15、6人で満席になる。
「もっと気軽にのぞける店がいいわ。私だってそうだもの。安くて、おいしくて、楽しくて、そういうお店がしたかったのよ」
女将がそう言うように、値段もかなり手ごろになった。刺身の盛り合わせは1500円(5点)から、にぎりも1500円。それに前にはなかったおでんもある。だけど値段は手ごろになったとはいえ、そこは甚八の名前を引き継ぐ店だ、ネタもいいし、味もいい。
カウンターに立つのは女将の2人の息子さん。「年も若いし、経験も浅い、まだまだ修行中よ」と女将は笑うが、なかなかどうしてとぼくは思う。最近の若い料理人は、ややもすればすぐに「創作料理」などという看板をかけたがる。そういうもののほとんどが、店鋪づくりには力を注ぐけど、出している料理の味ときたら、とても曖昧でお世辞にもうまいと言えないとぼくは思っている。だが、甚八はあくまでも寿司の看板を外さない。息子さんたちは、厳しい客の目と下を相手に毎日真剣勝負を続けている。
鹿児島には、一見はカウンターに座らせないという、有名な寿司屋があるそうだ。どうやら、寿司屋というものは格式と値段で食うものだと勘違いしているようだ。寿司はもともと庶民の食い物。それを忘れちゃ、魚にも申し訳ないだろう。お上品な、格式高い店で窮屈に飲み食いするよりも、ぼくは大声で笑える店が好きだ。
写真(上) 若いけど、元気な2人
写真(下) 7点盛り これだけで生ビール2杯、清酒3杯、この日払ったのは2000円
●甚八(じんぱち)寿司
住所:鹿児島市山之口町8-6TSビル1階
【地図】
電話:099-223-5618
定休日:日曜日
営業時間:18:00〜26:00