●第27回 Whisky House DOFFTOWN(ダフタウン)
昔、あるバーテンから教えられた。
「ええか、あんた。酒飲みちゅうのは、酔っぱらいのことやないで。1杯の酒を飲むにも、自分のこだわりを押しとおす。それがほんまもんの酒飲みちゅうもんや」
そのバーテンは、その後しばらくして他界したが、私の胸の奥底でいまもその言葉はどっしりと腰を据えている。
うまいギネスビールが飲みたい。これは鹿児島に来て10年、ずっと思い続けてきたことだ。
ショットバーをあちこち巡った。カウンターにつきギネスをオーダーすると、バーテンは決まって何も言わず、缶か瓶を抜く。ああ、また、だめだ…。私が探し求めているのは、樽から注ぐ生のギネスなんだ。そんな思いを何回くり返してきたことだろう。だから近頃はバーに入っても、めったにギネスはオーダーしない。
ところが、ついに生樽をおいたバーにたどり着いた。
何気なく小さな雑居ビルの看板を見上げた。
DUFFTOWN
そんな文字が目に付いた。ダフトン…。スコットランドの小さな街の名前だ。街は小さいけれど、たしか7つ、8つ蒸留所があったはずだ。そんな名前を着けているならひょっとするとと、ビルに入った。目指すは5階だ。
が、エレベーターを降りるとなんの飾りもない無愛想で分厚い鉄のドアが。なんだか期待できないなと思いながら、静かにドアを開けた。さいしょに目に飛び込んできたのはきれいに磨かれたカウンターだった。どうやら私がその日初めての客だったようだった。
バックバーも整然とボトルが並べられている。そして、静かだ。これも件のバーテンから教えられたことだが「Study to be quiet〜静かなることを学べ」、だ。静かであることは、いいことなのだ。そして、長いカウンターの中央に、ギネスのサーバーが。
「いらっしゃいませ」と小さな声でバーテンが出てくる。
「ギネスの生はありますか」
「はい、ございます」
「じゃあ、それを」と言いながら、胸はわくわくする。
「グラスのサイズは」
「パイントで」
ここからが待つ喜びなのだ。うまいギネスを飲むためには、決して焦ってはいけないし、「とりあえずビール、それもギネスね」などという輩は飲んではいけない。バーテンはゆっくり時間をかけてギネスを注ぐ。おおよそ2度に分けて注ぐのが普通だ。注がれたギネスが目の前に出された。おお、トップにはシャムロックが描かれているではないか。ここまでくればご機嫌だ。が、私は恥ずかしながらサージングが待ちきれなかった。
しかし、やはりギネスの生はうまかった。3口ほどで飲み干してしまった。件のバーテンなら、「ゆっくり飲め」とたしなめられたことだろう。
店主の馬場功さんと2言、3言会話をする。決して目を合わせようとはしない。近すぎず、遠すぎず、心地よい距離だ。
ここでバーを開けて、もう15年にもなるという。どうしてもっと早く出会わなかったのだろう。鹿児島にきてからの10年を、バーに通うという意味では無駄に過ごしてきたようだ。「DUFFTOWN」は「ダフタウン」と発音するそうだ。はるか昔、大学を卒業した頃少しだけイギリスにいたことがある。その時、スコットランドにダフトンという街があり、うまいウイスキーをたくさんつくっている街だと聞いたことがあったから、そんなふうに思ったのだろう。
ドライマティーニをベリードライで飲み、さらにラフロイグ(10y)を1ショット、最後にボンベイでジントニックを1杯。それで引き上げてきた。
でも、ちょっと残念だったのは、ジンにプリマスがななかったことだ。ささいなことだが…。(本文/天文館の犬)
●DUFFTOWN
住所:鹿児島市千日町9-13 紫雲ビル5階
【地図】
電話:099-225-9928
営業時間:19:00〜3:00(日曜日は1時まで)
定休日:無休