第32回 小料理龍泉
その店は、ちょっとした隠れ家のようなところにある。天文館、山之口本通からまるで小さなトンネルに足を踏み入れるかのように、ビルの中に入る。目印は表通りに出された電飾看板と、その日のおすすめなどを書いたボードだ。「トンネル」を突き当たりまで。右手がその店、龍泉(りゅうせん)だ。
逆L字型の小さなカウンター。8人も座れば満席になるだろうか。そして、小上がりに3卓。小さな店だが、隅々まで心配りが行き届いている。何もかもがきちんと整理されているのだ。食器棚だって見ていて気持ちがいい。店を飾っていいるのは、すべて女将の手づくりのものやお気に入りの小物ばかり。
聞けば女将は2代目だという。初代の女将が他の場所ではじめて、50年近くになるという。だから、天文館で「龍泉」というと名前だけは知っているという人も多い。
客は老若男女さまざまだ。70歳代80歳の代おじさんたちグループが宴会をするかと思えば、若いカップルが来る。県外からの1人客がふらっと入ってくれば、夜の出勤前のお姉さんたちが腹ごしらえに来る。もちろん鼻の下を伸ばした客を連れた同伴出勤のお姉さんも。先だっては90歳になろうかというご老人が1人で飲みに来ていた。
しかし、とにかくにぎやかなのだ。店が小さいから、どんな客もつい言葉を交わす。袖すり合うも多生のなんとか、だ。私もここで知り合った人は多い。
もちろん、私の場合はいつも1人だから、カウンターにつく。すっと小鉢がいくつか出てくる。なかでもおすすめはおからだ。ここのおからは絶品だ。おからだけではない。たとえば「龍泉揚げ」。これは言ってみればつけ揚げだが、客の注文を聞いてから揚げるので、いつも熱々でほくほくしたつけ揚げが食べられる。昔は鹿児島ならどこの家でもこんなことをして食べていたんだろうなあと、こころが落ち着く。すべてが割烹や寿司屋などにはない、先代の女将から受け継がれてきた温かみのある料理だ。
人もいいのだ。たまたま先代の女将がカウンターで飲んでいたのでカメラを向けたら、「私は写真は嫌いなのよぉ」と、きゃっきゃっと笑い声を上げて横を向かれた。アルバイト君たちも、忙しくててんてこ舞い状態になっても笑顔を絶やさず動き回っている。いまの女将のことも書きたいのだが、「私のことは秘密よ」と言うのでやめた。が、笑顔の素敵な女性で、先代同様ファンは多い。
私は時々小鉢だけでイッてしまうことがある。そんなときは500円ですむのだ。焼酎の5合瓶はキープしても1700円。料理もどれも安い。安心して、落ち着けて、楽しめて、あまり人には教えたくないのだが、こんな店もあるということだ。(本文/天文館の犬)
●小料理龍泉
住所:鹿児島市山之口町7-12
【地図】
電話:099(226)0639
定休日:日曜休み
営業時間:午後5時から12時まで営業